黙示録に記されている首を切られる殉教者達。彼らが殉教する理由とは。

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No.217  兄弟の妻


”テキスト:マルコ6:16 しかし、ヘロデはうわさを聞いて、「私が首をはねたあのヨハネが生き返ったのだ。」と言っていた。
17 実は、このヘロデが、自分の兄弟ピリポの妻ヘロデヤのことで、♦︎ヘロデはこの女を妻としていた。♦︎人をやってヨハネを捕え、牢につないだのであった。
18 これは、ヨハネがヘロデに、「あなたが兄弟の妻を自分のものとしていることは不法です。」と言い張ったからである。
19 ところが、ヘロデヤはヨハネを恨み、彼を殺したいと思いながら、果たせないでいた。
20 それはヘロデが、ヨハネを正しい聖なる人と知って、彼を恐れ、保護を加えていたからである。また、ヘロデはヨハネの教えを聞くとき、非常に当惑しながらも、喜んで耳を傾けていた。
21 ところが、良い機会が訪れた。ヘロデがその誕生日に、重臣や、千人隊長や、ガリラヤのおもだった人などを招いて、祝宴を設けたとき、
22 ヘロデヤの娘がはいって来て、踊りを踊ったので、ヘロデも列席の人々も喜んだ。そこで王は、この少女に、「何でもほしい物を言いなさい。与えよう。」と言った。
23 また、「おまえの望む物なら、私の国の半分でも、与えよう。」と言って、誓った。
24 そこで少女は出て行って、「何を願いましょうか。」とその母親に言った。すると母親は、「バプテスマのヨハネの首。」と言った。
25 そこで少女はすぐに、大急ぎで王の前に行き、こう言って頼んだ。「今すぐに、バプテスマのヨハネの首を盆に載せていただきとうございます。」
26 王は非常に心を痛めたが、自分の誓いもあり、列席の人々の手前もあって、少女の願いを退けることを好まなかった。
27 そこで王は、すぐに護衛兵をやって、ヨハネの首を持って来るように命令した。護衛兵は行って、牢の中でヨハネの首をはね、
28 その首を盆に載せて持って来て、少女に渡した。少女は、それを母親に渡した。”

 

本日は「兄弟の妻」という題でメッセージをします。
バブテスマのヨハネがヘロデにより、首を切られて殺されたことは、聖書の有名な記述です。
さて、このこと、バブテスマのヨハネに関することがらは、終末の日と関係あるできごとのようです。
何故なら、聖書の中で、バプテスマのヨハネは、エリヤと比せられており、そのエリヤは、終末の黙示録11章の二人の預言者に関連があるからです。
バプテスマのヨハネは首を切られて殉教しますが、終末の黙示録にも首を切られる殉教者達が出てきます。

ですから、この新約のバプテスマのヨハネの記事を見ていくことは、終末の殉教者達が何故殉教するかの示唆を我々に与えると思われます。

このことを見ていきたいと思います。順に見ます。

”16 しかし、ヘロデはうわさを聞いて、「私が首をはねたあのヨハネが生き返ったのだ。」と言っていた。”

福音書また書簡には、多くの信仰者が出てきますが、その中で、「首を切られて殺された」のは、このヨハネだけではないでしょうか。
これは、特別なしに方です。 そういうわけで、彼の生涯は確かに終末の「首を切られる殉教者達」の謎に関するヒントを与えるものです。
さて、このヨハネは、ヘロデ王により、首を切られて殺されます。ヘロデは、南北にわかれたイスラエル国のうち、南のユダの王です。ユダは今の教会時代においては、プロテスタントの型ではないかと私は思っています。ですから、終末の日、プロテスタントの教会で、迫害、殉教が起きるのです。

”17 実は、このヘロデが、自分の兄弟ピリポの妻ヘロデヤのことで、♦︎ヘロデはこの女を妻としていた。♦︎人をやってヨハネを捕え、牢につないだのであった。”

さて、この終末の油注がれた者、ヨハネが獄につながれた理由は少し変わっています。彼は、王の妻に関することで、牢にいれられたのです。聖書の中に出てくる結婚問題は、往々にして、「キリストと教会、信者」との間の関係をあらわします。この記事でもそれをさす可能性があるようです。

”18 これは、ヨハネがヘロデに、「あなたが兄弟の妻を自分のものとしていることは不法です。」と言い張ったからである。”

彼は神の民の王に「兄弟の妻を自分のものとしていることは不法です」と言ったために、怒りを買い、牢に入れられたのです。さて、このヘロデはユダの王です。ユダがプロテスタントの予表だとしたら、その兄弟とは何をさすものでしょうか。これは難しくない質問です。プロテスタントの兄弟といえば、 カソリックをさすのです。それでは、「兄弟の妻をめとる」とは何をさすのでしょう。

この質問に答えるには、テアテラの教会について考えるのがわかりやすいでしょう。
カソリックの預言と思われるテアテラには、イザベルという女がいました。
これは、「私のしもべを教えて誤りに導き」と主に叱責されている女であり、カソリックにおける誤りや偽りを推進している人々や教会をさすと思われます。ですから、私達がこの女に近付くことにはみこころがありません。

同じ意味あいで、終末の時代に「兄弟の妻」なるカソリックの誤った教理や、惑わしの霊に従う人々と、プロテスタントが合同する日がきます。これは、現在、WCC等が進めている「エキュメニカル運動」とかいう名前の偽りです。
この運動の中で、プロテスタントカソリックと合同し、歩調を同じくし、その結果、「兄弟の妻」をめとるようになるでしょう。すなわち、カソリックの聖人礼拝やら、マリヤの偽りの霊の教え、法皇へ聞くこと、聖書に外典を加えること等が入ってくるのです。

しかし、ヨハネが命をかけて語ったように「あなたが兄弟の妻を自分のものとしていること」すなわち、このカソリックの偽りの教えと結婚することは、神の前に「不法」なのです。

”19 ところが、ヘロデヤはヨハネを恨み、彼を殺したいと思いながら、果たせないでいた。”

当然ながら、そんなことをいわれた妻なるヘロデヤはヨハネを憎むようになります。同じように、この「結婚」に反対されたカソリックの人々は「反対派」を憎むようになるでしょう。

”20 それはヘロデが、ヨハネを正しい聖なる人と知って、彼を恐れ、保護を加えていたからである。また、ヘロデはヨハネの教えを聞くとき、非常に当惑しながらも、喜んで耳を傾けていた。”

この義人、ヨハネに対する態度が夫と妻との間で微妙に異なることに目を止めて下さい。
ヘロデはヨハネを正しい聖なる人と知って、彼を恐れ、保護を加えていた」のです。
同じように終末の日、プロテスタント教会の中ではヨハネによって予表される「油ぬられた者達」に対して、尊敬、恐れが起きるでしょう。「ヘロデはヨハネの教えを聞くとき、非常に当惑しながらも、喜んで耳を傾けていた」と書いてあります。ですから、この「油注がれた者達」の警告のことばは、決して伝統的なキリスト教会の教えではないでしょう、むしろ人々を「非常に当惑」させるものなのでしょう。しかし、人々は「喜んで耳を傾け」るでしょう。

”21 ところが、良い機会が訪れた。ヘロデがその誕生日に、重臣や、千人隊長や、ガリラヤのおもだった人などを招いて、祝宴を設けたとき、
22 ヘロデヤの娘がはいって来て、踊りを踊ったので、ヘロデも列席の人々も喜んだ。そこで王は、この少女に、「何でもほしい物を言いなさい。与えよう。」と言った。
23 また、「おまえの望む物なら、私の国の半分でも、与えよう。」と言って、誓った。”

さて、その後、良い機会が訪れます。ヘロデはヘロデヤの娘、すなわちカソリックの偽りの教えに熱心な人々に褒美を約束するのです。彼は国の半分でもあげようと約束してしまうのです。
この日、プロテスタントの半分がこの偽りの教理の影響を受けていくのかもしれません。

”24 そこで少女は出て行って、「何を願いましょうか。」とその母親に言った。すると母親は、「バプテスマのヨハネの首。」と言った。
25 そこで少女はすぐに、大急ぎで王の前に行き、こう言って頼んだ。「今すぐに、バプテスマのヨハネの首を盆に載せていただきとうございます。」”

ヘロデヤの望みはヨハネの首」でした。この望みは終末の黙示録の時代にも繰り返されます。その日、黙示録に記されている(黙示録20:4)首を切られた者達が起きるでしょう。

”26 王は非常に心を痛めたが、自分の誓いもあり、列席の人々の手前もあって、少女の願いを退けることを好まなかった。
27 そこで王は、すぐに護衛兵をやって、ヨハネの首を持って来るように命令した。護衛兵は行って、牢の中でヨハネの首をはね、
28 その首を盆に載せて持って来て、少女に渡した。少女は、それを母親に渡した。”

ヘロデが苦悩したようにその日、プロテスタントの人々は自分達の中にいる「義人」の首を切ることには、苦悩するでしょう。しかし、結局彼らは同意します。神よりも人を恐れ、人との協調を優先したのです。
彼らは自分達の行いの実をその後で刈り取ることになるでしょう。

繰り返しますが、今プロテスタントの教会でさかんにいわれているカソリックとの協調、エキュメニカルな運動はこの教会にとって、死出の旅路」になります。

主を恐れる人々は今、主に何が正しいのかを聞くべきです。

 

終末における主のみこころを行いましょう。 

 

ー以上ー


 

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